From Editor

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No.10

イラク戦争について、何を知っていますか?

イラクで人質になった日本人たちが全員、無事に解放された。

よかった。本当によかった。解放の知らせを聞いて、私は心底そう思った。世界中のほとんどの人が同じように思われたと思う。しかし、これで終わったわけではない。人質が解放されても、根底にある戦争はまだ終わっていない。世界中がいまだ不安の真っ只中にいる。

それなのに自分で言うのも情けないが、私は今回の人質事件でやっと、いま世界がどれだけヤバイことになっているかがわかったクチだ(自衛隊がイラクへ派遣される時点で気づけって)。4月8日、テレビで自分と同じような年代の民間人が銃を突きつけられている姿を見て、思わず私は「これはヤバイ!」と言葉をもらした。翌日、この無知さ加減がまずイカンと思い、3人のことやイラクの状況を徹底的に知ろうとした。いつも見ているテレビのバラエティ番組は差し置いて、新しい情報が入っていないか常にニュースをつけっぱなしにし、新聞、インターネットも片っ端から読みつぶした。しかし、それらは今の最新情報を伝えるばかりで、いまさら、「シーア派とスンニ派が同じイスラム教なのに何が違うの?」とか、「アメリカはどちらを対象に戦っているんだっけ?」なんていうレベルを懇切丁寧に書いている記事はない。結局、無知な大人の虎の巻き、NHKの「週間子どもニュース」のホームページの過去号にお世話になったという次第だ。とにかく、人質が解放されるまでの1週間、知れば知るほど「イラクを中心に、各国はいま、ただごとではないんだ!」というこの世界に対する危機感、それと同時に、「自分の身にも何か危険が降りかかるのではないか」と不安を大きくする私がいた。

「姿なき声」と「姿ある声」

緑

今回の事件で、こういう個人レベルの不安を覚えた人は私以外にも結構いると思う。不安というのは、自分が想像していたような事態を目の当たりにすることで、さらに膨れ上がる。つまり、自衛隊がイラクに行くことよりも、民間人がさらわれることの方が、多くの人にとってはよりリアルで、不安にさせる要素も大きいということだ。被害者家族に対して執拗なまでの嫌がらせがあったのも、不安によって冷静に自分を保てない人々の心のサインだったのではないだろうか。しかし、匿名の「姿なき声」で被害者家族を傷つけたのはまったくのお門違いというものだ。

また、「自己責任」という言葉もこの間ずいぶんと目立った。米国では、「自分の行動に危険が伴う場合、リスクを請け負い、自分で処理できることはやる。だが、それ以上のことが起きた場合は、国の庇護を仰ぐ権利がある(04.4.26発行「AERA」より)」ということが自己責任の持つ意味合いらしい。 

正直私は、外務省から「退避勧告」が出ていながらイラク入りした彼らが責任を問われることは、否めないと思っている。しかし、それを彼らに問えば、彼らだって並大抵でない覚悟は持ち合わせていただろうし、実際に彼らの考えを聞いてから私たちはどうこう言うべきだ。

しかし今回の一件で、実は嬉しい発見もあった。数多くの日本の民間団体やNGOが彼らを救うべく行動を起こし、その「姿ある声」にイラクの人々の心が動いて、人質解放の一助となったということだ。他の国でも多くの人が誘拐されているが、これだけ熱心にイラクに訴えかけたのは日本だけだという。
「困った時は助け合う」、それは日本人の中で長いあいだ繋いできた「当たり前」であったはず。私たちはいまだ不安の中にいるが、匿名の「姿なき声」では何も変わらない。「姿ある声」で周囲と向き合いたい。

編集スタッフ 藤井 久子